【リスク図書書評2】安全と安心の科学

昨晩に引き続き、安全と安心のお話。著者は安全学で有名な村上陽一郎氏。
リスク心理学の立場から、人間の認知問題を深く掘り下げていった昨晩の本とは異なり、安全を構築するための社会システムやリスク評価についての説明が多い。目次に沿ってまとめていくのがわかりやすいのでそうさせていただく。

目次
序論 「安全学」の試み
 安全や安心に対する関心が高まっているが、その原因は自然現象によるものというよりは人工的な要因が多い。例えば地震は自然現象であるが、それによって起こる建物倒壊や家具の転倒による圧死などは人為的な原因も無視できない。さらに先進国は、このような身体的不安以外に精神的不安も多くなっている。このことは全障害者における精神病患者の割合が、先進国において非常に大きくなっていることからわかる。著者の提案する安全学とは
「安全-危険」の軸と「安心-不安」の軸と「満足-不足」というような軸を、総合的に眺めて、問題の解決を図ろうとする試み
である。
大きな流れとは関係ないが次の言葉がよかった。
統計とか確率的な方法に意味があるのは、いわゆる「アンサンブル」つまり多くの事象の集まりに関してであって、単一の事象に関しては、意味を持たないと考えざるを得ません。

第1章 交通と安全―事故の「責任追及」と「原因究明」
この章では、自動車や飛行機事故の経験を以下に生かしていくかが書かれているが、
事故情報の徹底的な収集、分析と、それを次の改善に役立てるシステムを作り上げる
ことの重要性を、交通事故や飛行機事故を例に挙げて繰り返し述べている。そして、第三者機関がただ単に事故原因追求の公平性のためだけでなく、透明性のためにも目を光らせるべきだといっている。つまり、事故原因を公表することで次の類似事故を起こさないようにすべきだということだ。

第2章 医療と安全―インシデント情報の開示と事故情報
基本姿勢は、1章と変わらない。情報を共有することで次の事故を未然に防ぐ(インシデント・リポート)。ただし、違うのは対象が人である点。たとえば、患者の取り違いなどを防ぐために、手首にタグをつけることが行われているが、人間を荷物のように扱うことを不快に思う患者も少なくないという。筆者はこれに対し、安全になるのであれば何でもやっていいのではないかという立場を主張する。「To err is human」というイギリスの詩人ポープの言葉を引いて、人間は誰でも間違えるものだということを忘れてはいけないという。医者はこのような単純なミスを自分が起こすわけがないと過信しているところがある。しかし、過酷な労働条件である医療現場において、どんな人間でも完璧に作業をこなせる保障はまったくない。実際取り返しのつかない事故も多く起きてからでは遅いのである。対処方法としては、「フールプルーフ」と「フェイルセーフ」をあげている。

第3章 原子力と安全―過ちに学ぶ「安全文化」の確立
基本的に1,2章と同じ。原子力技術の特殊性を次のように考えている。
高度な科学上の知識を、社会が組織的に利用した結果としては最初のものであり、しかも、出発点は大量殺戮兵器の開発という「利用形態」であった
しかしこれはどうなんだろう。蒸気機関とかは違うのか?
原子力技術に関連する大きな事故として
・スリーマイル島原子力発電所
・チェルノブイリ原子力発電所
・東海村JCO←炉の事故ではない

第4章 安全の設計―リスクの認知とリスク・マネジメント
リスクとは
利益を望みながら、それを行うことによって被る可能性のある負の要素を考慮する
こととしている。リスクをややこしくしているのは、リスクの評価に主観性が大きく入り込んでくることである。たとえば、慣れはリスクを小さく見積もることになるし、逆に不慣れなことには大きく見積もることとなる。また自分との時間的、空間的距離感が遠くなるにつれてリスクを過小評価する。そこで客観的に定量化する手法が必要になってくる。このとき使われるのが、確率・統計理論である。人間-機械系を考えると難しい面もまだまだある。

第5章 安全の戦略―ヒューマン・エラーに対する安全戦略
ヒューマンエラーに対しての安全戦略について語られている。箇条書きで列挙すると
・ホイッスル・ブロウ(内部告発)の重要性:やましいことをしてないのであれば、安全を不断に追求するための内部の駆動力として十分活用すべきである。
・凡ミスの大きな原因である忙しさに対処する
・フールプルーフの具体的な戦略として「システム全体を目に見える形で捉えられるような工夫」と「操作パネルなど人間工学的な考慮がされていること」をあげている。
・フェイルセーフ、冗長性を高める
・複合管理システム
・記述の簡潔化
・コミュニケーションの円滑化
・褒章と制裁
・失敗から吸収する仕組み

安全に関する現在の取り組みについて概観するにはいい本だと思うが、安心についてはあまり触れられていない気がする。最初に書いたように、人間の心理的な面に関しては他をあたられたほうがよい。